うちの下の娘は現在2歳(2020年6月現在)
今年の4月から幼稚園に毎日通う予定だったのですが
コロナちゃんの影響で登園することなく6月を迎えました。
そして6月の登園初日は特に何の問題もなく
笑顔というよりは真顔でしたが
特に抵抗もなく幼稚園バスに乗っていきました。
そして次の日も。
ですが金曜日の幼稚園からの帰り
バスの引率の先生から
娘は幼稚園でひたすら泣き続け、体操の先生とずっと外をお散歩してたということを聞きました。
それを知った次の週から、今までのスムースなバスの乗車が嘘のように
幼稚園行きたくないイヤイヤイヤイヤが始まりました。
そのうち慣れると信じてはいるものの
いい機会なので
下の娘の4つのYから、娘の今年のエネルギーの流れがどのようなものなのか
そして私ができることは何かをみてみようと思います。
探究を愛するエンターテイナー 5
まず、娘の基本となるエネルギーの数字であるBY(バースイヤー)は、「5」です。
BYは、生まれ持った才能や精神的・霊的な傾向、特性や特質などを表します。
BYの「5」を持つ娘は、好奇心旺盛で自ら情報を受け取りにいくような積極的で
活気のある性格で、ユーモアのセンスもありそうです。
自由でいることを好む傾向が強いので、グループというよりは個人を大切にする傾向が強そうな感じです。
また、基本前向きなので新しい環境でも、友人などをすぐに作りやすいようです。
家にいるときや、家族で出かけている時は
BY「5」なエネルギーで溢れているように感じられることも多いですが
今の幼稚園行きたくないイヤイヤな娘とは少し合っていない感じもしないでもありません。
変化の瀬戸際が生き生きできる場所 13
続いて、CY(コンパスイヤー)を見てみます。
CYは、人生の裏テーマのようなものです。
人生で学んでいくことや、人生を豊かにする為の方向性などを表したりします。
BYのもつエネルギーもチャレンジ的な要素を含んでいますが、CYの方がもっと奥に隠された裏ボス的なイメージがあります。
そんな娘のCYは、「13」
グッと抑圧された状態をバネにして、自らの人生に流れを作っていったり、人との違いやそれぞれの在り方について学んでいくような感じです。
一見大変そうに見えるかもしれませんが、変化の瀬戸際こそが「13」の娘が生き生きできる場所でもあるようです。
元々の前向きなパワーに加え、変化の瀬戸際が生き生きできる場所だなんて聞くと
向かい風に突っ込んで肩で風をきって颯爽と歩いていくような強いイメージが思い浮かびますが
これまた今の娘とはちょっと違うような感覚を覚えます。
ただ、ふとした時に、『おぉっ!』と感じる芯の強さみたいなものは、確かにあるなと感じます。
この芯の強さが、成長するにつれどんどんと表に出てくるのかもしれません。
変化の乗り物に乗って恐れを乗り越える 7
続いて、昨年の誕生日頃から今年の誕生日頃までの1年のエネルギーの流れを表す、TY(トランジットイヤー)です。
娘の今年のTYは「7」
自らの行動を伴って、変化の流れの中で過ごしていく年のようです。行動すればするほど、周りも変化していき、自分の中の恐れを乗り越えられそうな年。
まさに、今の娘を表すのにぴったりな感じのこのTY。
まだ幼稚園に慣れていなさすぎて、イヤイヤの方が勝っていますが、少し落ち着いて自分から何かをやってみようとなったら、一気に幼稚園楽しいと言い出しそうな気配がしてきました。
内なる宇宙とサナギのプロセス 12
最後に、TYのエネルギーの流れをサポートする、NY(ナビイヤー)を見てみます。
娘のNYは「12」
自分の内側と向き合って、時間をかけてゆっくりと変容していくエネルギーに包まれているようです。
サナギのような状態なので、焦らせてもいいことはありません。
じっくりゆっくりと小さくても目的意識を持って進むことを意識すると良さそうな感じです。
今まさに、娘は自分と戦ってるのかもしれません。
今までとは全く違う環境で、ママもパパもいない場所に突然行かされて『楽しんでこい』と言われても、そんなに突然楽しめるものでもないですよね…。
ほれほれと急かしすぎず、出来るだけ娘のペースで
心穏やかに納得して進めるように楽しめるようになる時を、忍耐強く待つのが良さそうです。
まとめ
元々、元気いっぱいに逆境に向かって行くようなパワフルなエネルギーを持つ娘。
多くの友達にもこれから恵まれそうな感じですが、まだまだそのエネルギーは十分に発揮されるまでは至っていないようです。
まだ、2歳ですものね。これからです。
ただ、今年のエネルギーの流れや、その流れをサポートするエネルギーを考えてみると、今年は娘にとって変容と学びのプロセスの年のようなので、娘のペースを出来るだけ守って、自分から何か行動を始めるのをドーンと腰を据えて待つのが良さそうだと感じました。
今私ができることは、娘を見守りながら娘が楽しめるようになる時を待つことです。
私が心配しすぎて、あれやこれやと娘を追い詰めないように気を付けて気楽に待ちたいと思います。